2019年12月29日

マクロス「愛・おぼえていますか」

リン・ミンメイ
linn1984_01.jpg
1984年。
スケール 1/12。

第一報は、ホビージャパンでクーデター!でした。
なんだなんだということで急いで代々木にあったHJ編集部に行ってみたのです。
普段なら編集者やモデラーで賑わっている編集部に人気が無く、ガラーンとして…
一人残った編集長(だったかな?)が「手配から撮影から全部俺がやるんだよぉ、モデラーもいなくなったから作例も俺がつくらなきゃ…」と半分ヤケ気味でぶつぶつ言っていたのを覚えています。
うわそりゃ大変ですね!と言いつつ、私は内心「発表の場が増えた!」と喜んでいたり(非道)
それからの数日間、色々なことが起きたのですが詳しく覚えてないので割愛w
我々OFFメンバーがHJとMG両誌をまたいでフィギュアを発表できたのは、月刊誌の締め切りに対応できるフィギュアモデラーの数がまだ少なかったので、両編集部に出入りを許してもらえたのかなぁと思います。

で、そんな騒動の中、モデルグラフィックス創刊号用に頼まれたのがミンメイでした。
なんと実質一週間の製作期間。
当時、作ったフィギュアは必要がなくても全て反転複製していたのですが、さすがにこれは時間がなかったので一点モノです。
複製前提でないので薄いパーツ使ったりしてますね。
あとまたビニール使ってるw
台座の文字はこすって貼るインレタ、カセットテープのラベルに文字入れたりしたやつですね。懐かしい。

そしてめでたく間に合って、創刊号に無事掲載。
mg198411-02.jpg
モデルグラフィックス創刊号(1984年11月号)

一点モノといえど、手は抜かないぜ!
linn1984_02.jpg


でもこれも朝野君に文句言われたんだよな〜。
朝「秋山さん、ミンメイだけどさ〜」
秋「ん?よくできてるでしょ!」
朝「いや、顔が似てないよ!」
秋「え〜、結構似てると思うんだけど」
朝「いや、脚とかはいいけど顔がダメ!」

う…え〜〜〜ん。。。


2020.01.23
そうだ思い出した!
当時なんとミンメイのプラモデルの原型やったんですよね。
HJでも執筆していたモデラーMN氏から依頼されて原型を納め、金型ができてテストショットを貰いました。
が、突然MN氏と連絡が取れなくなり、原型代が支払われず…。
そういうことは初めてだったので焦ってあちこちに連絡すると、どうやらかなり大掛かりに諸々を踏み倒して失踪したとのこと。
被害者の会とかできてたと思います。
うわ〜、そんな人が同じ業界にいるのかぁとがっかりしましたし、自分原型のミンメイプラモも発売されなくて二度がっかり。

そんなMN氏といえば、初めて会ったときの会話。
MN「その服、どこの?」
秋「え…」
MN「いやどこのブランドかなって」
秋「ブランド??」
MN「俺のこれ、BIGIよ。わかる?」
秋「あ、はぁ…」
ブランド何それおいしいの?状態の私。
思い返せばDCブランドが流行り始めた時期でしたね。

あと、
会議に大幅に遅れてきたMN氏。
2時間とか遅れて、もう会議終わって雑談しているときに颯爽と登場。
MN「いや〜、コレ(小指)がコレ(腹)だとか言って揉めちゃってさぁ」
一同「え…」
MN「いやいやもう大変だったんだから」
一同「…」
純粋な高校生だった私は本気で心配しましたよ…。

モデラーの遅刻言訳といえば、
徹夜作業で寝落ちして今起きたとか、
塗装が乾く前に触っちゃって塗りなおしとか、
玄関先で作例落として壊れたとか…そういうのじゃないんか〜い。
いやまぁ、元祖チャラ男ですかね。

ちなみに失踪した後の噂も随分経ってから耳に入ったのですが、ロクなもんじゃなかったです。

タグ:フィギュア
posted by 秋山徹郎 at 10:32| フィギュア